VINTAGIENCE

Iga, Japan

VINTAGIENCE

Journal

( Dialogue ) 熟成の定義を揺らす、新しい答え

熟成の定義を揺らす、新しい答え

「もはや日本酒ではない」──開けても味が崩れない。琥珀色にならない。三重の老舗酒蔵が、最長30年に及ぶ低温熟成と「味のせ」と呼ばれる温度設計で到達したのは、古酒とも日本酒とも言い切れない、熟成そのものの再定義だった。

あなたは、まだ熟成酒を知らない。透明なのに「時」を飲むような感覚。京都の料理人が「頭が混乱した」と語った一本が、ジャンルの境界線を揺るがしている。

VINTAGIENCE ー 時を超えた、新しい熟成の形

「もはや日本酒ではない」。熟成を重ねているのに、色がほとんど変わらない。その透明感が、常識を覆す。三重県の老舗蔵・森本仙右衛門商店が手がける「VINTAGIENCE」は、緻密な温度管理と長年のデータ蓄積により、従来の古酒とは一線を画す熟成酒を完成させた。単一で完成された味わいは、世界のレストランで日本発の新ジャンルとして注目を集める。京都「そ・かわひがし」店主・中東篤志氏と酒匠・高野氏が、その革新性を読み解く。

中東篤志

京都「そ・かわひがし」店主。代々料亭を営む家系に生まれ、ニューヨークで精進料理店『嘉日』のオープニングスタッフとして活躍。現在はニューヨークと京都を拠点に、日本食や日本酒のポップアップイベントの企画・運営、飲食店のプロデュースなど、日本食文化の海外発信に従事。

高野万希子

酒匠。元ワインインポーター。日本酒の魅力を国内外に発信する活動を展開。
著書:イタリア・ワイン・ブック(新潮社)

驚きの透明感

中東:
初めてテイスティングした時、見た目の印象から古酒のイメージを覆されました。熟成年月を重ねているのに、この透明感。こんなに色がつかない熟成があり得るのかとひと目見た瞬間に頭が混乱したほどです。口に含んだ時に感じた印象は「切れる」かな。普通の熟成酒は、もう少し重さを感じたり、紹興酒のようなクセというか、いわゆるひね感がありますが、それがない。
高野:
熟成と酸化の違いですね。アミノ酸を含んだ日本酒を常温で置いておくと、不快な香りが出てきます。それによって紹興酒みたいな香りが造られることがあって、それを良しとする造り手もいますが、VINTAGIENCEでは極力それを避けています。

熟成酒と聞いて、多くの方が思い浮かべるのは常温熟成だと思います。でもVINTAGIENCEは、酸化を極力避けて、ポジティブな熟成だけを前に進める造りをしています。だから琥珀色にはならないし、ひね香も出ない。熟成の本質が全く違うんです。
中東:
VINTAGIENCEは、酸化したニュアンスが全くなく、綺麗に熟成していますね。日本酒本来の角が全て取れて、滑らかでとろみがある。すべての角が取れて、ツルン、トロンとしています。アフターが長い時間続くのが、普通の古酒との違いですね。

「味のせ」という独自製法

高野:
熟成の方法は、常温熟成と低温熟成の2種類に分けられます。一般の熟成酒は、そのまま蔵で保存することによって、自然に熟成が進んだというケースが多いのですが、VINTAGIENCEは後者。10年以上の低温熟成によって、堅固なボディを作り上げておいて、その後、蔵内常温へと温度帯を上げることで、味に膨らみが出てきます。いわゆる「味のせ」ですね。味の魅力を放出させる工程を取っているところがVINTAGIENCEの最大の魅力だと私は思います。

10年間、低温に置いておくと、クラスターが形成されるんです。結合とは違って、例えばオイルの中に水を1滴垂らすと一瞬で一つに固まるような感じ。分子が結合したわけではなく、寄せ集まったような形なんですね。10年ぐらいかけて、その寄せ集まったり離れたりを繰り返していくうちに、パターンを使い果たして、固定に近くなってくる。そうなるともう酸化しないので、栓を開けておいても味が変わらない状態になります。
中東:
普通のお酒だと、開けた瞬間から味や香りに変化が起き始めるのに、VINTAGIENCEは、開栓後の安定感が全く違いますね。
高野:
そう、 ここまでは他の藏でも低温熟成は行っているのですが、VINTAGIENCEはその後に温度を上げることで、また風味が動き出すんですね。結合しているわけではなく、ゆるく固まっているだけ、集まっているだけなので変化が起きる。低温のまま置いている熟成酒、例えば25年ぐらいのものと比べると、色も香りもとても似ています。でもボディの厚みとアフターが全然違うんです。低温のままだとキレイだけれど、奥行きに欠ける感じがするんです。
中東:
そこなんですよね。VINTAGIENCEは、アフターがすごく長く続く。料理と合わせたときも、その余韻がチョコレートのように口の中に残って、次の一口までの間が楽しめるんです。

偶然の発見がきっかけに

高野:
実はVINTAGIENCEが生まれたきっかけには、すごく面白いエピソードがあるんです。蔵元杜氏の森本さんが、行きつけの喫茶店で、自分の蔵の日本酒が置いてあるのを見つけて、試しに飲んでみたら驚くほど美味しかった。「これ、どういう状態で置いてあったの?」とたずねたら、店主が「いや、特に何もしてないですよ。ずっとあそこに置きっぱなしにしていました」と答えたそうです。

低温熟成の技術には自信があったけれど、このことが、もう少し高い温度帯の、欠点ではなく効果についても考え始めるきっかけとなったのです。

「じゃあ、うちの蔵にあるお酒の温度も上げていったらいいかな」。そうヒントを得て、試してみたところ、味がぐっととのってきた。実際、蔵では、ただ常温で放置したのではなく、各タンクの状態を見ながら段階的に温度を上げ、酒の骨格を保ったまま味のせをするという独自の手法に繋がっていきました。
中東:
それには相当なコストがかかりますよね。基本的に、蔵元から出荷したお酒は早く売った方がお金になるし、低温熟成をかけるということは電気代がずっとかかる。スペース代もかかるし、定期的に味を見るには人手もかかりますし。
高野:
本当にそうです。すごい時間とお金をかけた実験の結晶が、このVINTAGIENCEなんです。森本さんはもともと実験好きな方で、ある時、日本酒ベースの梅酒を造ろうと思った時に、60何種類も試造されたんですよ。玄米ワインや花酵母など、新しい取り組みにも次々に挑戦されてきました。

1970年代、まだ多くの蔵が従来の製法を続けていた時代に、森本仙右衛門商店では、木造と鉄筋のすべての蔵に、空調の設備を導入しました。その時代に、そこまでする蔵は、ほとんどなかったはずです。

もともと森本さんの蔵では、低温で2、3年寝かせてからメインのお酒を出荷していたんです。低温熟成を前提にするのが、この蔵のスタイルだったんですね。「黒松翁」という2~3年熟成させたお酒は、地元で一番売れていたそうです。

明治以降、造石税(酒を造った量に課税される制度)の影響で、熟成酒の文化が一度失われてしまいましたが、この蔵では、その間もずっと熟成酒の製造販売を続けていた。時代の流れに流されず、独自のスタイルを貫いたんですね。

レストランシーンでの可能性

中東:
世界のレストランシーンにおいて、日本の食材、日本の技法を使って料理する料理人が増えている中で、そこに寄り添う飲み物が日本酒であるというのは、ごくごく自然のことですね。

VINTAGIENCEは、日本酒というカテゴリーにはもう属さないと思っています。日本から生まれてきたすごいジャンルの飲み物がやってきたという見え方、感じ取られ方をして、各レストランがペアリングに使っていくという新時代が見える。

日本酒でもワインでも、開けてからの劣化は起きる。高級酒になればなるほど、そのリスクがレストランにはありますからね。その中で、VINTAGIENCEは本当に開けても変わらないし、もしくはより美味しくなっていく可能性がある。これをペアリングに合わせていくというのは、レストラン側としては強い武器になる。
高野:
新ジャンル」とおっしゃるのがよくわかります。展示会で試飲をお出しすると、現地の人たちは、VINTAGIENCEのことを日本酒とも思っていない。角が全部取れて、滑らかになって、尖ったところが一つもない飲み物は、みんなが美味しいと思ってくれます。6種類あって、糖度の出方や香りのシャープさの出方が違うので、どんなお料理にも合うという点においても、ペアリングに適してるということをアピールできると思います。

ペアリングによってさらに引き出される魅力

■焔霞 HONOKA×揚げ栗
中東:
栗の甘さとメイラード、焦げ感と「焔霞」のキャラメル香が合う。その後に、パチッとくる油分。このパンチのあるちょっとスパイシーな部分とすごく相性がいい。
高野:
もともと「焔霞」には、ホクホクした栗みたいな感じがありますよね。
中東:
そう、ホクホク感。
高野:
VINTAGIENCE6本の中で栗に合わせるなら、2人とも「焔霞」を選ぶと思います。塩がついたこの栗なら、フォルムが直線的なグラスがいいですね。お酒がスーッと舌に入ってきて、広がりすぎない。塩分のあるものと合わせる場合に、ボリュームのバランスがちょうどいいですね。
■紫閃 SHISEN×生ハム
高野:
思ったより清涼感のある香りですね。口の中だと意外とピュアな感じ。「焔霞」や「碧雨」は多層的にバーっと変化する感じがあるけれど、もっとピュアにスーっといく。大吟醸なので、アミノ酸系というよりグルコース系のピュアな感じなんです。アミノ酸ってすごい複雑さを感じるんですが、これはピュアですね。
中東:
僕は穀物感、小麦感、プラスバナナを感じますね。バナナケーキ焼きたての時の香りとエントリーみたいな感じの中でスパイシーさもある。高野さんがおっしゃる多層的ではないというのはすごく腑に落ちます。
高野:
このアフターのデリケートな感じも可愛いですよね。
■紫閃 SHISEN×揚げ栗
高野:
栗もあいそうですね。このふわーっと甘い感じ。対比が面白い組み合わせと、本当に同調するペアリングですね。
中東:
確かに穀物のところと相性いいんですね。栗がVINTAGIENCEの香りや余韻とずーっと寄り添っていく感じがあります。
高野:
栗は、グッドチョイスでしたね。
■翁 OKINA×黒毛和牛
中東:
「翁」という名前の印象に反して、フレッシュなんです。時空を超えて、玉手箱を開ける前の浦島太郎の気持ちです。
高野:
牛肉の香りを下支えしてくれますね。
中東:
お肉の油分のところに、下から押してくれるイメージの合い方。
高野:
牛もいいですね。翁もやっぱりこのままで飲みたいですけど、栗と牛肉はすごくいいと思います。塩分の強さと、この米の甘み。もっと強いのでも合いますね、「琥空」とか。
■翁 OKINA×チーズ
高野:
翁は、とても若々しいお酒です。チーズがパワフルだったので、チーズを主体にするためには、もうちょっとパワフルなお酒がいいかもしれません。
中東:
フレッシュ感のあるニュアンスがあるから、チーズももうちょっとフレッシュな感じのものでもいいのかな。
■琥空 KOKU×チーズ
高野:
アミノ系の香ばしい旨味がありますね。乳脂肪分のある旨味の強いチーズとか合いそうですよね。
中東:
ちょっと木っぽい感じのところと。
高野:
お酒がチーズに対して甘すぎるかと思ったら、香ばしい香りがふくらんでくるので、チーズの塩分が気にならないですね。
中東:
この甘みとパンチが他のものに比べると少ないので、濃い感じがぎゅーっとそこのチーズのところに合っていくようなイメージがします。
高野:
くるみのような香りがありますね。アルプス系のハードチーズには、そういうナッツのニュアンスを持つものが多いでしょう。コンテやボーフォールとか。これがすごく合うんです。
中東:
「碧雨」は、まだちょっと若々しさがあったりして、料理と一緒に合わせたいな、なんかちょっと食べたいなっていう青さがある。「焔霞」は、結構丸い方に寄ってるから油が欲しいですね。パンチがあるからそこに油合わせたいなっていうのが出てくる。

でもロッキングチェアに座って、焚き火の前で飲むなら「煌宵」。「煌宵」は、料理がもう成立しない飲み物というか、完全に独り立ちしていて、この子だけずっとゆっくり飲んでいたいですね。

世界へ、新ジャンルとして

高野:
VINTAGIENCEは、過去にIWC(International Wine Challenge)で複数回ゴールドメダルを受賞しています。コンテストでは低温熟成と常温熟成の部門に分かれていますが、VINTAGIENCEは低温熟成の中でもさらに異質な存在です。酸化による劣化がほとんど見られず、熟成酒でありながらも生命力のある味わいが生まれている。その点が高く評価されたのだと思います。
中東:
本当に新しいジャンルなので、従来の概念では採点が難しい部分もあるはずです。でも、受賞という形で価値が証明されると、「どんなものだろう、使ってみたい、飲んでみたい」と興味を持つきっかけにもなりますよね。アメリカには、その価値を素直に受け取る土壌があると思います。日本ではまず「どのカテゴリーに分類されますか」と聞かれがちですが、アメリカだと「新しいものです」で通る場合も多い。VINTAGIENCEという新ジャンル、VINTAGIENCEという一つの飲み物として味わってもらいたいですね。